やさしさの難しさ
仕事とかは普通にしていたけど、色々と心を病んでいた時期に心理学の本を読みあさっていた。
その中で、加藤諦三さんの「やさしい人」という本に大きな影響を受けた。
やさしさとは心の動機を感じることという内容があった。
私は端的に正しさよりやさしさとも受け取った。
死の近い患者さんをみていると本当によくわかる。
家族が本人も食べたがってるから、死ぬ前に好物を食べさせてあげたい、なんて、
こんな状態じゃ食べられるわけないし、肺炎になっちゃうよーと思うけど、
その段階になれば、もう医学的に正しいかどうかは問題じゃない。
病院か在宅かの違いはあれど、判断基準はもっと違うところになってくる。
最近になって、この言葉が示すことって、
「やさしさが正しさを決めている?」という疑問だ。
人殺しはよくない、でも情状酌量の余地あり。ということもある。
これもきっと医学的判断と一緒で、法的判断も個人の事情によって異なるということ。
これってすごく感情的で、一定の決まりはあるにせよ、決定する人間のやさしさによってかわってくる判断だ。
むずかしい。
機械操作とか、化学反応とか、正解がある分野には正しさは確実に存在するけど、
こと人間に関する判断は何が正しいのかわからないし、それが人間の奥深さなのかもしれない。